<酒樽に住むディオゲネス>
ディオゲネス(前5世紀末~前325年頃)は,紀元前4世紀に活動した,古代ギリシアのキュニコス派の哲学者である。
ディオゲネスは黒海南岸のシノペの出身で,アテネにやってきてソクラテスの弟子アンティステネスに学び,独自の思想をもつ特異な哲学者となった。
ディオゲネスは,自然な欲求を満たすことだけが幸福の源だとして,常識や慣習など一切の人為的なものごとにとらわれようとしなかった。そして,まるで動物のような自然な生活を送ったことから,彼はキュニコス(「犬のような」)派と呼ばれた。
ディオゲネスは,社会の常識から外れた,さまざまな型破りな行動を行ったことで知られる。
彼は,衣服も住まいも何も気にすることなく,粗末な布をまとって路上で食事や睡眠を行って暮らした。酒樽を住まいとした話も有名である。
ギリシアのコリントスに滞在しているときには,現地にやってきたアレクサンドロス大王から「何でも望むものを与えよう」との申し出を受けたが,それに対する返事は「日が遮られるからそこをどいてほしい」というものだった。
また,あるときには,白昼にランプに灯をともして人通りの多い広場を歩き,いったい何をしているのかと尋ねられると,「私は人間を探しているのだ」と答えた。
ディオゲネスの奇妙な行動は,人々を驚かせ,あるいは当惑させて,大きな印象を与えた。また,彼の世俗や国家にとらわれない生き方は,ヘレニズム時代におけるストア派の哲学やコスモポリタニズムの思想にも影響を与えたとも言われる。
前4世紀後半,アレクサンドロス大王の死と同じ頃,珍妙な逸話と強烈な印象を残して,ディオゲネスはこの世から去っていった。