新疆ウイグル自治区 (2013年10月28日)

新疆ウイグル自治区

時事

10月28日正午頃,中華人民共和国の首都北京の天安門の前で,車両が突入して爆発・炎上するという事件が発生し,車内にいた3人の容疑者が死亡したほかに,2人の死者,40人ほどの負傷者が出ました。

中国当局は,政府に不満を持つウイグル人による犯行と断定し,さらに新疆ウイグル自治区の独立運動を展開するイスラーム過激派が背後に存在するとみて調査を進めています。

なお,11月16日には,中国の新疆ウイグル自治区の西部カシュガル地区で,ウイグル人と見られる集団が警察の派出所を襲撃し,警察関係者2人が死亡し,襲撃した集団は全員射殺されるという事件も発生しています。

歴史

新疆ウイグル」は,中華人民共和国の西北部に位置し,現在,中華人民共和国の自治区となっている地域です。地理的には,中央アジア(=トルキスタン)のなかの東部,すなわち東トルキスタンにあたる地です。

「トルキスタン」の名称が示すとおり,中央アジアの住民の多くは民族がトルコ系,信仰がイスラーム教となっており,新疆ウイグルでも同じようにトルコ系イスラーム教徒が住民の多数を占めていました。

この地方は,中国の伝統的な領土の西方に存在するため,歴代の中国王朝はこれを「西域」と呼び,古くはの時代の頃から関わってきましたが,常に領土として支配してきたわけではありませんでした。東トルキスタンのほぼ全域が中国の支配下に入ったのは,王朝中期の18世紀半ば頃です。

清朝の第6代皇帝の乾隆帝は,モンゴル系の部族ジュンガルやイスラーム勢力の回部を征服し,1759年には東トルキスタン全域を支配下に入れました。そして,清朝は新たに獲得したこの地を「新疆」(新しい領土)と命名しました。

その清朝は辛亥革命によって1912年に滅亡しましたが,新たに成立した中華民国は清朝の領土の継承を主張し,新疆は中華民国領内に留め置かれることになりました。

トルコ系イスラーム教徒の住民は,1930年代と40年代に独自の国家の樹立を行うなど,中華民国からの独立運動を起こしましたが,1949年に中華人民共和国が成立すると,これに統合され,1955年には新疆ウイグル自治区として中華人民共和国内の自治区としての地位に置かれることになりました。

こうして現在では,新疆ウイグルは中華人民共和国内の自治区となってますが,中国の多数派である漢民族との民族・信仰の違いや,中華人民共和国政府の統治に対する不満から,自治の拡大や独立を求める運動が頻繁に起こっています。

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