『クリスマス・キャロル』(チャールズ・ディケンズ)

<スクルージ(左)と幽霊(右)>

『クリスマス・キャロル』(1843年)は,イギリスの作家ディケンズ(1812~1870)によって書かれた小説である。

19世紀のイギリスは,産業革命に成功して世界で最も経済的に栄えた国となり,大都市や企業家たちは空前の繁栄を謳歌していた。しかし,その一方で,貧富の差は拡大し,社会の下層には,貧困や劣悪な環境に困窮する人々も多く存在した。

 

著者のチャールズ・ディケンズは1812年にイギリス南部のハンプシャーで生まれた。父親の破産によってわずか12歳にして家族と離れて靴墨工場で働くことになり,まともな教育もあまり受けることができないなど,苦難に満ちた少年時代を過ごした。

法律事務所の事務員や法廷の速記記者を経て,22歳頃には報道記者となったが,そのかたわらに書いて投稿したエッセイや小説が評判になり,25歳頃からは本格的に小説家としての活動を開始した。

1837年から1839年に長編小説『オリヴァ・トゥイスト』を執筆するなど着実に文筆家としての実力を高めていき,そして1843年に発表されたのが,この『クリスマス・キャロル』である。

『クリスマス・キャロル』は,ビジネスと金もうけにしか興味のない老人スクルージが,クリスマスイブの日に「精霊」に出会い,その精霊に導かれて時間旅行を経験し,そのなかで自分の人生を見つめ,考えていくというストーリーの小説である。

この物語では,登場人物や場面のリアルな描写を通じて,一方では貪欲,病気,貧困といった人間社会の暗い問題が,また一方では,優しさや思いやりなどの人々のあたたかい性格が描かれている。

また,精霊や時間旅行という,後の時代のSFのような空想的な展開が取り入れられており,この設定によって,読者も日常とは異なった視点から人生を見つめ直すことができるようになっており,かつファンタジーとしても楽しめる作品となっている。

『クリスマス・キャロル』がそうであるように,ディケンズは,社会の問題について説教や批判を行うのではなく,人間に備わっている良い側面,美しい性質を描き,それによって読み手の心の中にある慈しみや思いやりの気持ちを自然に呼び起こす。このために彼の作品を読むとあたたかく澄んだ気持ちになる。ディケンズは,「写実主義作家」として分類されることがあるが,そうした分類では彼のことはとらえきれないと思う。あえて分類するならば,ヒューマニズムの作家であったというべきだろう。

利益や効率ばかりを追い求める生活のなかで,人の慈しみや思いやりを思い出させてくれる『クリスマス・キャロル』は,現代においても必要であり,心に響く作品だと思う。

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