『ドン・キホーテ』(ミゲル・デ・セルバンテス)

<風車に立ち向かうドン・キホーテ>

『ドン・キホーテ』は,17世紀初めのスペインで,作家セルバンテスによって書かれた小説である。

著者のミゲル・デ・セルバンテス(1547~1616)は,1547年に,スペインのマドリード近郊で,貧しい外科医の子として生まれた。

少年時代は父親についてスペイン各地を転々とし,正規の教育は受けられなかったが,20歳の頃マドリードである人文学者のもとで学び,20代前半には枢機卿(教皇の顧問)の従者としてローマに渡り,このときにイタリアの文学に親しんだらしい。

その後まもなくスペイン軍に入隊し,1571年のオスマン帝国海軍とのレパントの海戦にも参加したが,この戦いの際に負傷して左腕に障害を負った。ただ,筆を持つ右手が残されたのは,不幸中の幸いであった。

20代後半に軍隊を退いたが,母国へ帰還する途上で盗賊に捕まり5年間も囚われの身になった。解放後にスペインに戻り,30代後半になって執筆活動を始めたものの,成功はしなかった。40歳頃にはあきらめて徴税官などの仕事についたが,50歳頃に徴収した公金を預けておいた銀行が破産したことから罪を問われ投獄された。

こうした多くの失敗や苦労を経て,投獄中にふくらませた構想をもとに,1605年に発表した作品が『ドン・キホーテ』である。

『ドン・キホーテ』は,自分を騎士だと思い込んだ男が,騎士としての冒険を繰り広げる物語である。

スペインのラ・マンチャ地方のある村に住んでいた50歳近くになる男は,騎士道物語をこよなく愛し,土地を売り払ってまで騎士道物語を集めては,年がら年じゅう朝から晩まで読みふけっていたが,そうしているうちに自分が騎士であると思い込むにいたった。そして,自らを騎士「ドン・キホーテ』と称し,古い鎧を引っ張り出し,やせ馬にロシナンテと名づけて,騎士道の旅に出る。

ドン・キホーテは,宿屋の主人を城主と思って騎士の叙任式を依頼し,羊の群れを合戦中の軍隊だといって参戦するために飛び込んでいくなど,行く先々でトラブルを起こして人々を困惑させながら滑稽でドタバタの冒険を繰り広げていく。風車を巨人と思って突進する場面は特に有名で,知っている人も多いだろう。

黄金期が過ぎて衰退へ向かいつつあった当時のスペインにおいて,この物語は,発表されるやいなや爆発的な人気を得て多くの人々に読まれた。過去のロマンにとりつかれて,現実が見えずに時代遅れのふるまいをしては混乱を引き起こす主人公は,この時代の人々や社会の写し絵だったとも言われる。

しかし,当時のスペインに限らず世界中で現在まで広く愛されるのは,セルバンテスが数々の人生の辛苦の経験を肥料として作り上げたストーリーが,同じように人生で苦労する人々の共感を呼ぶことのできる力を持っているからだろう。私たち人間が人生のなかで様々な失敗やばかなことをしてしまうからこそ,『ドン・キホーテ』は私たちにとって楽しめ,愛せる作品となっている。

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