『イリアス』・『オデュッセイア』 (ホメロス)

アキレスとヘクター

<アキレウス(左)>

<オデュッセウス(左)>

『イリアス』『オデュッセイア』は,古代のギリシアで詩人ホメロスによってつくられたとされる英雄叙事詩である。

この二つの叙事詩の作者と成立についての詳細は,もやがかかったように謎に包まれているが,ミケーネ文明の滅亡から暗黒時代を経てポリスが形成されるようになるまでの時代に,長い年月をかけて形成されていったと見られている。

古代のギリシアでは,紀元前1200年頃にミケーネ文明が崩壊した後,暗黒時代へと入り,ギリシア人たちは文字を失うことになった。しかしその間も,彼らの伝説や歴史は物語として綿々と語り継がれていった。そして,暗黒時代が明ける前800年頃,ホメロスと呼ばれる天才的な詩人により伝承が結晶化された結果として成立したのが,『イリアス』と『オデュッセイア』だと考えられている。

『イリアス』と『オデュッセイア』は,実在したトロイア戦争を題材として,それにギリシアの神話や伝説が織り込まれて成立した物語である。『イリアス』は,「イリオン(=トロイアの別名)の物語」を意味し,トロイア戦争における英雄アキレウスらの戦いをうたった作品であり,『オデュッセイア』は,トロイア戦争後の英雄オデュッセウスの漂流と帰還をうたった作品である。

伝説によると,トロイア戦争は,スパルタ王妃がトロイア王子にさらわれた事件を発端として,スパルタ王のほか,ミケーネ王アガメムノン,イタケ王オデュッセウスらの率いるギリシア連合がトロイアを攻撃して始まった。

『イリアス』は,ギリシア軍がトロイアを包囲して十年目のある日から始まる。ギリシア陣営に属する英雄アキレウスは,愛する捕虜の少女をめぐって総司令官であるアガメムノンと衝突し,戦線から離脱する。そこから,彼の離脱によって苦境に陥ったギリシア軍と,アキレウスのその後の行動が語られていく。

一方,『オデュッセイア』は,トロイア戦争が終結してから十年目のある日から始まる。戦いに勝利した英雄オデュッセウスは国への帰途についたが,海の神ポセイドンの怒りに触れて,妨害を受け,漂流を続けることになった。そして,オデュッセウスが,神の妨害や怪物との遭遇を経験しながら,妻の待つ国へ帰還を目指す旅が描かれる。

神々と英雄たちが,それぞれ個性を持って複雑な関係を結びながら繰り広げるドラマは,叙事詩のなかに深く染み込んでいる,ギリシア民族の歴史と伝統を感じさせる。

そして,物語のなかでは英雄たちのふるまいに注目が引かれる。神々が強大な力を振るい,対照的に人間たちは翻弄され,傷つき,多くは倒れていくが,そのはかなく限界を持った人間は,運命に敢然として立ち向かい,死をも恐れぬ勇気,親友への厚い友情,女性への限りない愛を示して奮闘し続ける。『イリアス』・『オデュッセイア』は,人間の限界や運命を強く認識しながら,それでも人間を肯定し,その挑戦を描く物語だと言えるだろう。

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