『アエネイス』 (プブリウス・ウェルギリウス・マロ)

アエネアス

<カルタゴを脱出するアエネアスたち>

『アエネイス』は,古代ローマ帝国初期に詩人ウェルギリウスによってつくられた,ローマ建国までの伝説を語った叙事詩である。

プブリウス・ウェルギリウス・マロ(前70~前19)は,古代ローマの共和政末期の紀元前70年に,北イタリアで地主の家に生まれた。ミラノやローマで教育を受けて法学を学んだものの肌に合わず,文学の道へ転じて30歳の頃から詩作を本格的に開始した。

ウェルギリウスが活動した前1世紀後半は,ローマの権力を独占したカエサルが暗殺され,後継者オクタウィアヌスが共和派やアントニウスに勝利した後にアウグストゥス(尊厳者)の称号を得て皇帝となり,ローマが帝国としての道を歩み始める時代である。「内乱の一世紀」に終止符を打って繁栄と平和を確立したアウグストゥス帝は,ローマの栄光を誇示するために文芸を保護し,その治世にはラテン文学が黄金時代を迎えた。

ウェルギリウスもこの時期にアウグストゥス帝から庇護を受けた芸術家の一人であり,皇帝の後援のもとで詩の創作に励んだ。そして彼が,ローマを讃えるために,人生最後の十年間とローマへの深い愛をかけて制作した大作が『アエネイス』である。ウェルギリウスの死によって未完に終わり,彼自身は死に臨んで破棄を頼んだが,アウグストゥス帝の意向によって発表されることになった。

『アエネイス』は,トロイアの英雄アエネアスが,流浪の旅を経てイタリア半島へと辿り着き,新たな国家を建設するまでの歴史を描いた大叙事詩である。作品名「アエネイス」は,「アエネアスの物語」を意味している。

小アジアの都市国家トロイアがトロイア戦争でギリシア勢力に敗れた後,トロイア王家の血を引くアエネアスは,神託を受けて国家の再興を決意し,新たな地を求め,生き残った者を連れて旅に出る。肉親の死や嵐による漂流など長年にわたる苦難の旅を経て,アエネアスはイタリア半島へと到達し,この地において新たな国家を築いた。そして,これがローマの起源となるのである。

この『アエネイス』は,小アジアから北アフリカ・イタリア半島まで及ぶ広い空間を舞台とし,神々が現れて力を振るい,英雄が武勇を披露し,そして物語がローマの建国へとつながるという,壮大なスケールの作品となっている。まさに,「パックス・ロマーナ」(ローマの平和)と呼ばれる繁栄期の始まりを飾るのにふさわしい作品と言えるだろう。

当時のローマの人々が,この物語に夢中になって耳を傾け,感動し,民族・国家への誇りを湧き上がらせている姿がありありと想像できる。『アエネイス』は未完に終わったが,それがゆえに,その物語の先にあるもの,すなわちローマの建国と繁栄を,いっそう強く私たちに意識させるように思える。

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